東京地方裁判所 平成5年(ワ)3474号 判決 1995年9月19日
原告 加山義翁
右訴訟代理人弁護士 松本久二
被告 荒井道雄
黄田澄人
砂永弘
右三名訴訟代理人弁護士 中村護
林千春
守屋典子
被告 金子久枝
佐藤良一
北村裕一
重光芳庭
林朝
千葉哲男
李木火
蕭惠和
伊藤庸治
賀川安通
右一〇名訴訟代理人弁護士 深田源次
同訴訟復代理人弁護士 奥田保
主文
一 被告荒井道雄、被告黄田澄人及び被告砂永弘は、原告に対し、各自、金四五九〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年三月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告に生じた費用並びに被告荒井道雄、被告黄田澄人及び被告砂永弘に生じた費用は同被告らの負担とし、その余の被告らに生じた費用は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自、金四五九〇万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告北村、被告重光、被告伊藤については平成五年三月一八日、被告荒井、被告黄田、被告砂永、被告佐藤、被告林、被告千葉、被告李、被告蕭、被告賀川については同月一九日、被告金子については同月二一日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
原告は、中小企業等協同組合法に基づき設立された中央経済協同組合に対し、合計四五九〇万円四〇〇〇円を貸し付けていたが、組合の常勤理事であった被告荒井(代表理事)、被告黄田及び被告砂永(以下「被告荒井ら」という)は、自らの設立した協栄企業株式会社に対して組合の資金約四七億円を融資し、協栄企業がこの資金を株式に投資していたところ、株価の暴落により組合に対する返済が不能となり、組合自体も原告や組合員などからの借入金の返済ができなくなった。
本件は、貸付金の返還を受けられなくなった原告が、被告荒井らに対しては、協栄企業に対する融資が定款及び貸付限度額に関する総会決議に違反するものであるとして、当時の非常勤理事であった被告金子、被告佐藤、被告北村、被告重光、被告林、被告千葉、被告李及び被告蕭(以下「被告金子ら」という)に対しては、理事会においてこの融資に反対しなかったことが監視義務違反に当たるなどとして、また、当時の監事であった被告伊藤及び被告賀川(以下「被告伊藤ら」という)に対しては、組合の業務の状況を調査しこの融資を防止する義務を怠ったとして、中小企業等協同組合法三八条の二第二項、四二条に基づき、原告の組合に対する貸付相当額の損害賠償を請求する事案である。
一 争いのない事実
1 中央経済協同組合は、中小企業等協同組合法に基づき設立された事業協同組合であり、組合員の取り扱う食料品の共同購買、組合員に対する事業資金の貸付けなどを事業目的としている。
2 原告は、平成二年三月二四日から平成四年三月二四日までの間に、組合に対し、別紙預金一覧表≪省略≫記載のとおりの約定で合計四五九〇万四〇〇〇円を貸し付けた。
3 組合は、協栄企業株式会社に対し、昭和六二年一月二〇日から平成三年一一月一五日までの間に合計四六億九九七六万円を融資し、協栄企業はこれを株式投資に運用していたが、投資対象とした本州製紙株の暴落などにより資金状態が悪化して、組合に対する返済が不能になった。これにより、組合も、原告や組合員などの借入先に対する借入金の返済が不能となった。
4 協栄企業に対する融資の当時、被告荒井は組合の代表理事、被告黄田は専務理事、被告砂永は理事兼営業部長であり、この三名を常勤理事として組合の業務が執行されていた。被告金子、被告佐藤、被告北村、被告重光、被告林、被告千葉、被告李及び被告蕭は組合の非常勤理事であり、被告伊藤及び被告賀川は組合の監事であった。
5 組合の定款には、組合は組合員に対してのみ事業資金の貸付けを行うという規定が存在し、また、組合員一名に対する貸付金額の最高限度額は一億円とする旨の総会決議が存在する。
6 協栄企業は、昭和六二年一月二〇日、被告荒井らが有価証券の保有及び運用などを目的として設立し、被告荒井が代表取締役、被告黄田及び被告砂永が取締役に就任して経営を行っていた会社であり、組合の組合員ではない。
二 争点
1 被告荒井らの責任
(原告の主張)
被告荒井らは、常勤理事として組合の業務執行に当たってきたものであるが、定款及び貸付限度額に関する総会決議に違反し、十分な担保も徴求しないまま、自らが経営する協栄企業に対し合計四七億円の貸付けを行った。これは組合に対する悪意の任務懈怠であり、協栄企業が株式投資に失敗してこの借入金の返済を不能としたため、原告は組合から貸付金の返還を受けられなくなって、貸付相当額の損害を被った。
(被告荒井らの主張)
組合の協栄企業に対する融資は、株式、不動産など十分な担保を取得して行ったものであり、不当な貸付けではない。
2 被告金子ら及び被告伊藤らの責任
(原告の主張)
(一) 被告金子らは組合の非常勤理事として、被告伊藤らは組合の監事として、協栄企業に多額の融資をすれば組合に損害が生ずるおそれがあることを認識していたにもかかわらず、被告荒井らが組合の理監事会において協栄企業に対する融資の承認を求めた際に、これを承認した。
(二) 仮に被告金子ら及び被告伊藤らの主張どおり、組合の理監事会議事録が偽造されたものであり、協栄企業に対する融資につき同被告らが承認をしていなかったとしても、組合では理監事会が大口貸付けにつき事後的に審査する方法を採っていたのであるから、被告金子ら及び被告伊藤らは、被告荒井らにより不当な貸付けが行われていないかを慎重に調査、審理すべきであったのに、議事録の確認も何らの調査行為も行わずに漫然と被告荒井らの行為を追認して、協栄企業に対する融資を防止しなかったから、被告金子ら及び被告伊藤らには職務を行うにつき重過失があった。
(三) 少なくとも、被告重光は平成三年六月四日には協栄企業から貸付金の返済が受けられないことを知り、他の非常勤理事、監事らも同じころこれを知ったにもかかわらず、被告荒井らが同月一四日に組合員に対して新たな定期借入金の募集をすることを制止せず、組合員の損害を拡大させたから、被告金子ら及び被告伊藤らには、理事又は監事としての重大な任務の懈怠がある。
(被告金子らの主張)
被告金子らは、被告荒井らが協栄企業を設立したこと自体知らず、組合が組合員でもない同社に対し四七億円もの融資をしていた事実を全く知らなかった。
被告金子ら非常勤理事は、月に一度の理監事会においてのみ組合の業務執行について知り得たところ、理監事会においては常勤理事から当日の審議事項を記載したメモ表が出席理事に渡されるが、そのメモ表には協栄企業に対する貸付けなどの一億円の貸付限度額を超える貸付案件の記載はなく、非常勤理事には大口貸付けの内容が知らされることがなかった。そのメモ表は理監事会が終わると被告黄田により回収され、次回の理監事会において前回の議事録を確認する際も、前回の理監事会でいったん配付されたのと同様のメモ表が朗読されるにすぎず、その後に、被告黄田又は被告砂永によって、一億円の貸付限度額を超える融資を承認したとの記載をした議事録が偽造されていたのである。
このように、協栄企業に対する融資は被告荒井らによって秘密のうちに行われていたので、被告金子らはこの融資について悪意でなかったことはもちろん、これを防止しなかったことについて重過失もない。
(被告伊藤らの主張)
監事としての一般的職務は、年一度の組合の通常総会の前に、理事会の承認を得た決算書などを帳簿書類と対照し、必要があれば執行部役員の説明を求めるなどの調査をすることであるが、問題の違法貸付けがあった昭和六二年度から平成二年度までの間、被告伊藤らによる一般監査において何ら不都合、疑問と思われる資料や証憑はなく、理事の間にもそのような話やうわさすらなかった。また、被告伊藤らも理監事会に出席していたが、被告荒井らによって協栄企業に対する多額の貸付けは秘密にされていたので、これを知ることはできなかった。
したがって、被告伊藤らは協栄企業に対する融資について悪意ではなかったし、これを防止できなかったことについて重過失もない。
第三争点に対する判断
一 被告荒井らの責任について
1 証拠(≪省略≫、被告砂永、被告李)によれば、中央経済協同組合の業務の執行は、被告黄田が専務理事として組合の日常的業務一般を取り仕切り、被告砂永が理事兼営業部長として融資先の開拓、銀行との折衝などの業務を行い、これらの業務全般を被告荒井が理事長として統括していたこと、その他の理事らは常時は理事としての職務を行わず、被告荒井が毎月一回(八月を除く)招集する理事会(理監事会とも呼ばれる)に出席して、被告荒井ら常勤理事の提案する案件の審議を行うのみであったことが認められる。
したがって、組合から協栄企業株式会社に対する融資を決定し、実行したのは、被告荒井らであるということができる。
2 組合は、中小企業等協同組合法に基づき設立された事業協同組合であり、組合の定款は、組合は組合員の相互扶助の精神に基づき、組合員のために必要な協同事業を行い、もって組合員の自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上を図ることを目的とすると定め、その目的を達成するため組合員に対してのみ事業資金の貸付けを行うと定めている(≪証拠省略≫)。また、総会決議により、組合員一名に対する貸付金額の最高限度額は一億円とすることを定めている。
それにもかかわらず、組合は、有価証券の保有及び運用などを会社の目的とし、組合員でもない協栄企業に対して、昭和六二年から平成三年までに合計四六億九九七六万円もの多額の融資を行っている。その融資においては、一回当たりの貸付金額が一億円を超える貸付けが二〇回以上も行われており、最も多額の時は一回に一〇億円もの貸付けが行われているのであって(≪証拠省略≫)、これは組合の目的に沿ったものとは到底いえない異常な融資である。
3 被告荒井らは、組合の業務の拡張のために協栄企業を設立し、融資を行ったものであり、その融資を行うについては、株式、不動産などを担保として取得していたと主張し、被告砂永本人の供述や、被告荒井及び被告黄田の尋問調書及び陳述書(≪証拠省略≫)には、これに沿う部分がある。
しかし、被告砂永本人の供述から明らかなように、被告荒井らが取得したという担保の主体は株式であって、しかも、主として価格変動の危険性が大きいいわゆる仕手株であり、結局、株価の暴落により担保価値が著しく下落したというのであるから、十分な担保を取った融資であったということはできない。協栄企業は被告荒井らが設立した会社であり、被告荒井らは同社から多額の取締役報酬を得ていたのであるから(≪証拠省略≫、被告砂永)、組合の業務の拡張のために協栄企業に対する融資を行っていたとの被告砂永本人の供述などを信用することもできない。
4 被告荒井らが組合の理事として行った協栄企業に対する融資は、組合の定款及び総会決議に反し、かつ、十分な担保を取ることなく行われたものであり、被告荒井らは、この任務懈怠について悪意であったというべきであるから、これより原告が被った損害を賠償する責任がある。
二 被告金子ら及び被告伊藤らの責任について
1 原告は、組合の協栄企業に対する融資について、被告金子ら及び被告伊藤らはこれを承認していたと主張し、組合の理監事会議事録(≪証拠省略≫)には、協栄企業に対する融資が「大口貸出承認の件」として理監事会に諮られ、出席した理事及び監事がこれを承認した旨が記載されている。そして、毎月の議事録の末尾には、前月分の「議事録確認」との表題を手書きした罫紙が添付され、そこには被告金子ら及び被告伊藤らの署名が存在している。
2 被告金子ら及び被告伊藤らは、協栄企業に対する融資の承認が理監事会で議題とされたことはなく、理監事会の議事録は被告荒井らが偽造(虚偽記載)したものであり、署名については、理監事会に出席した際に出席のしるしとして理事や監事が署名した用紙を、被告荒井らが勝手に表題を加筆して議事録に添付したものであると主張し、被告李本人の供述や、被告佐藤、被告重光、被告千葉、被告伊藤及び被告賀川の陳述書又は尋問調書(≪証拠省略≫)は、この主張に沿うものである。
他方、被告砂永本人は、理監事会議事録は偽造したものではなく、協栄企業が被告荒井らによって設立された会社であることを被告金子らに説明し、協栄企業に大口の融資をする際には理監事会でその承認を得ていると供述し、被告荒井及び被告黄田の陳述書及び尋問調書にも同趣旨の記載がある(≪証拠省略≫)。
3 証拠(≪証拠省略≫、被告砂永)によれば、協栄企業には被告荒井ら以外には実質的な従業員はおらず、被告荒井らは組合からの役員報酬以外に協栄企業から多額の取締役報酬を受けていたことが認められ、協栄企業は被告荒井らの私企業的色彩が濃い会社であるということができるうえ、前記のとおり協栄企業に対する融資は、定款及び総会決議に反し、組合員でない者に対して行った総額四七億円にも上る異常な融資であるから、被告金子ら及び被告伊藤らが、このような融資を数年にわたって承認してきたとは考えられない。また、組合の総会議事録においては、被告金子ら及び被告伊藤らも含め、出席した理事や監事が議事録本文に続けて文末に署名押印するとともに、各葉ごとに契印を行っているにもかかわらず(≪証拠省略≫)、理監事会の議事録では、議事録確認者の署名は議事録本文とは別葉の罫紙にされていて、本文との間には契印もされていないことからすれば、理監事会の議事録の作成過程には不明朗なところがあるといわざるを得ない。
これらの事情と前掲証拠(≪証拠省略≫、被告李)によれば、組合の理監事会においては、常勤理事である被告荒井らが審議事項を記載したメモ表を用意して出席理事らに席上配布していたが、そのメモ表には一億円を超える大口貸付けに関する記載はなく、議事録の確認と称して行われていた前回の議事内容の朗読の際にも、前回配布されたメモ表と同じ内容のものが朗読されていたにすぎず、理監事会議事録(≪証拠省略≫)は被告砂永において随意作成し、その末尾に出席理事及び監事に別途署名させていた罫紙を添付したものと認めることができる。
協栄企業に対する融資が組合の理監事会において承認されていたということはできず、この融資は被告金子らや被告伊藤らには秘匿されたまま行われたものと認めるべきである。
4 被告金子らは非常勤の理事であり、理監事会においてのみ組合の業務に参画することができたが、前記のとおり、理監事会においては協栄企業に対する貸付けは被告荒井らによって秘匿されていた。また、証拠(≪省略≫)によれば、監事である被告伊藤らは理監事会に出席したり、被告荒井らから提出される帳簿書類の検査を行っていたが、帳簿書類について特に疑問を差し挟むべき点は見当たらなかったことが認められるから、協栄企業に対する多額の融資の存在について、被告金子ら及び被告伊藤らが知ることは困難であったというべきである。
5 したがって、被告金子ら及び被告伊藤らは、組合の協栄企業に対する融資を知らず、また、この融資を防止できなかったことについて重過失も認められないから、原告に対して責任を負わない。
なお、平成三年六月の定期借入金の募集については、原告はこの募集に応じて組合に貸付けをしたものではないから、仮に被告金子ら及び被告伊藤らに募集を制止しなかった任務懈怠があったとしても、原告の損害との間には因果関係がない。
第四結論
原告の請求は、被告荒井らに対する請求の限度で理由があるから認容し、その余の被告らに対する請求はいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 片山良廣 裁判官 小野憲一 金澤秀樹)